三条燕の金物・・・
古来より 三条・燕地区は 川が複数重なり たびたび氾濫していた。
三条という名前の由来は 3つの川という意味で、京都の三条に由来する。
(信濃川を通じて 京都との交易により「三条」という名前はすでに知られていた。
また隣の加茂市も京都の加茂に由来した名前である。)
川筋が多いため、川が氾濫しやすく、そのたびに、多くの農民は厳しい生活を強いられた。
(TVでも報じられているように、最近でも三条の川が幾度か氾濫している。
大河津分水はこの川の氾濫を防ぐために明治時代に作られた水分け道である)
戦国時代末 上杉景虎との戦いに勝利した上杉景勝のもと、
名将 直江兼続は 川の氾濫に悩む三条燕地区の農民救済のため、当時すでに有名な鍛冶産地であった「与板」の刃物技術を 景虎の諸領地であった三条へ移植することにした。
(つまり、川の氾濫で農業ができなくなった場合に、金物生産の副業で一時的に生計をたてることができるようにしようと考えたのである。)
三条燕地区の刃物・金物製作の基礎を築いたのは、じつに、直江兼続であった。
(歴史資料上は 江戸幕府の役人(出雲崎の代官)大谷清兵衛なる人物が和釘を教えたことなっているが。。。)
和釘製作から始まり、その後、三条の包丁や刃物類、燕市の銅器、キセルや洋食器などへと発展していく。
現在 三条市は 包丁や大工道具、園芸製品、
燕市は スプーンなどのステンレス洋食器や、ステンレスカップ、チタンカップなどの家庭用ステンレス製品の世界有数の生産地である。
(ちなみに燕市の由来は 「津波目」からきており、川の港を意味する)
最近では 2010年のAPEC(エイペック)で燕市の 「真空二重構造のチタンカップ」が各国首脳に寄贈されたのは有名である。
さて、三条が刃物などの鍛冶産業、燕が銅器やステンレス洋食器などの金属加工産業であるのは何故だろうか?
これについては、また後日ということで。。。(笑
ただ、写真の 三条の包丁と、燕の銅器やステンレス洋食器 を見ていると、なんとなく想像してしまいそうですが。。。
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